kitsau’s blog

マイナス思考な奴が、がんばってる日記

トルコ アタトュルク国際空港…クーデター3

日本人同士で集まることになりました。

バレエダンサー、大学の教授、いろんな人がいるなーと思った。

みんなで色々話しました。

この空港を利用した経緯とか
自分が見たもの聞いたもの

そして自分が誰で、
どこに住んでいて、
何をしてる人なのかとか
世間話も。


みんな明るくて
やっと少し落ち着きました。
もう少し後になってからだけど、夜が明けてくると、それも少しは安心する材料になった。

私も、普通に笑えるようになりました。

そこで、これからどうするか
みんなで真剣に話し合いました、

旅行会社や外務省に電話しようと言ったのは相方でした。

しかし相方、ケータイ持ってないとか言いよる。

じゃ、ケータイ貸すから電話してちょうだいよってなって、

電話したけど

始めは繋がらず。

そりゃそうだ。

日本の旅行会社や外務省の受付時間外なのだから笑

それで暫く電話して、
やっと相方の予約した旅行会社に繋がるも、
すっごく冷たくあしらわれました。

そもそもクーデターが起こったことすら知らないんだから
それもしょうがなかったのかもしれない。

私が予約した旅行会社にも電話。

こちらも知らなかった。

空港の職員の指示に従ってください。
何かわかれば連絡します。

との事。

その後、音沙汰なく。

旅行会社によると、私のケータイに連絡がつかず、日本の両親に電話したとのこと。既にうちには自分で連絡入れてました。

「大丈夫だから、心配しないでね、帰国はおくれそう。」

という連絡で、とりあえず不安を煽ることのないようにしたつもりが、
この旅行会社の人が実家に「娘さんと連絡が付きません」と連絡を入れたせえで、我が家は大混乱。旅行会社と散々揉めたそうです。

私のケータイに連絡が入らなかった理由はわかりません。
回線パンクでしょうか?履歴すらなかったので、私は完全に見捨てられたと思ってました。



空港では、空港職員が完全に姿を消し、
様々な人種が入り乱れたカオス。

しかし、みなさん
落ち着きを取り戻すの早すぎます。

早々と食料や飲み物を確保した人たちが、みんなに配ったりしてました。どっかから盗んできたんだろうなと思いましたが、
それもこの状況じゃ有り得るなと思いました。

私もそこから水をもらいました。


すると、外務省の方が現れて、
空港内は安全だという連絡があったと教えてくれました。しっかり休んで、食べて、体力を温存してくださいとの事。外務省の方も、偶然旅行中に居合わせたらしい。名前と連絡先を書いてくださいと言われ、記入。

バレエダンサーの2人は、スターバックスがパン配ってたよ〜て言いながらそれをくれたり、すごく親切にしてくれた。

まだまだ免税店エリアに行くのに怯えがあった私はあんまり動く気にならなくて、代わりになんか少しでも情報集めないと!って思って、ネットのニュース見たりしてた。いつ帰れるのか、身を守るためにどうしたらいいのか、誰も何も知らないから。

すると、読売新聞のニュースが目に止まって、
新聞社なら、何か知ってるかも!とか言いながら
電話してみることに。

ネット検索してすぐに出てきた番号に掛けてみた。受けてくれた女性に私達の状況を話すと、すぐに「社会部に繋ぎます!」と言って、記者の男性に代わってくれた。いま、「いまトルコ空港に居ます。何かクーデターについて新情報お持ちではないかと思って連絡したのですが、、、」と伝えると、すごく驚かれて、「これと言って特別な情報はないんです。逆に取材させて頂いていいですか?」との事。そんなこと全然構わない。何でも喋ってやるって思って本名名乗って、私も相方も、その時のことを散々喋った。17日の朝刊、社会面に、コメントとして使うそうな…

それよりも、この記者の方がどんどん、情報をメールで送ってくださって、すごく助かりました。それなのに私のケータイが電源持たなくて…途中で完全に連絡取れなくなりました。動画も画像もいっぱい送って差し上げたかったのに…。役に立てなくて本当に申し訳ない。



この時には私も、手の震えが止まっていて、
少し気持ちも楽になっていました。

でも、やはり

周りの人が少しでも慌てるような様子を見せたりしただけで、体が震えました。小走りでも、急に立ち上がるでも…周りの動きにめちゃくちゃ敏感になってました。

あの銃声が、悲鳴が、頭に何度も甦って怖かった。